妙性山 玉泉寺
2025/10/20(月)-2025/10/22(水) 佐渡島三ヶ寺「根本寺・妙照寺・妙宣寺」℃Q詣旅行 <13/24>

 

 

 

 

 

 

 

 ■2025年12月01日17:43
 10/20(月)-10/22(水)佐渡島三ヶ寺「根本寺・妙照寺・妙宣寺」℃Q詣旅行(25)


 ◆妙照寺火災発生時の一時情報
 ・妙照寺の所在地・参道・仁王門など、境内構成に関する説明(寺院公式や観光案内)。本堂・祖師堂・宝蔵・経蔵などの建物名が紹介されています。
 ・2021年12月6日の火災で「本堂・祖師堂・三十三番神堂・庫裏の4棟が全焼」したという報道。
 ・涅槃図は「土蔵(宝蔵・収蔵庫)に収蔵されていた」として、蔵は被災を免れた可能性が示唆されています。


 焼失を免れました「経蔵」脇の石段を上がった少し高い所から境内を見渡しますと、今は、再建中の本堂のみが中央に…
 2021年12月6日以前には、本堂の周りに祖師堂・三十三番神堂・庫裏・宝蔵・経蔵の建物が存在し、日蓮聖人が「観心本尊抄」を著し、「法華曼陀羅」によって教義を確立させた地として日蓮宗の霊跡であります「妙照寺」。
 永い歴史のあります古刹でも、火災が発生しますと何もかも失ってしまいます。再建中の本堂を見下ろしておりますと、改めて火災の怖さを痛感してしまいますネ。
 火災と言いますと、先月中旬(11/18)に発生しました大分県佐賀関の大規模火災。火元は空き家とも聴いていますけど、火災発生当日は、立っていられません程の強風が吹きまくっていましたとか…
 妙照寺の火災発生時も同様でしたのかも…
 境内での焚き火が目撃されていますけど、強風に煽られ一瞬のうちに燃え広がりました可能性が無い事も…
 当時の火災発生時の報道ニュースによりますと、あまりにも激しい燃えかたですから、この時期の空気の乾燥・強風等が容易に想像されてしまいます。
 思い思いに過ごしておられます皆さんを画像に納めながら、少々虚しさも抱いてしまいますGONsanでありました。
 あまり信心深いGONsanでもないのですけど、そぅは言いましても、やっぱり、焼失前に、訪れたい妙照寺≠ナありました(^-^)//"

 

 

 

 

 

 

 

 ■2025年12月02日20:57
 10/20(月)-10/22(水)佐渡島三ヶ寺「根本寺・妙照寺・妙宣寺」℃Q詣旅行(26)


 妙照寺≠後にしますと、次は、真野御陵≠ノと向かいます。

 ◆真野御陵
 新潟県佐渡市真野の国中平野を望む丘陵地にある順徳院(順徳上皇)の火葬地跡で、正式名称は「順徳天皇御火葬塚」。
 承久の乱が失敗に終わった結果、島流しとなった順徳上皇が還京叶わず崩御された際、荼毘に付されたその跡地に松と桜を植えて目印としたもの。墓所ではないが、御陵と同格扱いで宮内庁の管理となっている。塚から徒歩20分程の場所には順徳上皇を祀った真野宮がある。


 真野£n区に向かいます時間帯・ルートは、信栄バスのガイドsanのご配慮で、トキ≠ニ遭遇出来ます可能性が高い行程を組んで頂けましたようであります(^_^)v

 ◆トキ

 --- 出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』---

 トキ(朱鷺、鴇、桃花鳥、紅鶴、鴾、学名:Nipponia nippon)は、ペリカン目トキ科トキ属に分類される鳥類。本種のみでトキ属を構成する。
 かつては世界でわずか数羽になるまで減少し絶滅の危機に瀕しており、日本では環境省レッドリストで「野生絶滅」の状態にあった。しかし日中両国の保護によって、2000年代以降は個体数が回復していった。2019年時点の個体数は、中国が2,600羽、日本が600羽、韓国が363羽。
 学名は Nipponia nippon(ニッポニア・ニッポン)で、日本の国鳥ではないものの、しばしば「日本を象徴する鳥」などと呼ばれることもある。新潟県の「県の鳥」、同県佐渡市と石川県輪島市の「市の鳥」である。

 ◆佐渡の野生トキ、放鳥14年で初の500羽超え…「本州での放鳥を目指す」

 --- 2022/10/14 10:17 讀賣新聞オンライン ---

 環境省佐渡自然保護官事務所は13日、新潟・佐渡島の野生下で生息するトキが推定569羽(8月末現在)となったと発表した。野生復帰に向けて同省が2008年から実施する放鳥事業の開始以来、初めて500羽を超えた。
 生息数のうち、放鳥は151羽、野生生まれは418羽で、野生生まれが全体の7割強を占めた。
 生息数は、昨年末時点で478羽だった。同事務所は、 猛禽もうきん 類に襲われたり、寒波で死んだりする個体が少なかったことなどが増加の要因とみている。
 また、同事務所は、野生下で生息するトキ184組(前年比37組増)が営巣し、うち60組(同26組増)から133羽(同57羽増)が巣立ったと推定されるとの今年の最終的な繁殖結果も明らかにした。
 稲刈りの田んぼのそばで餌取りするなど、トキは島内で身近な存在になりつつある。同省は、野生復帰に向けた行程表で、国内の成熟個体の生息数1,000羽以上を最終目標に設定している。26年以降に石川県と島根県の2地域でも本州初となる放鳥を行う予定だ。
 同事務所の沢栗浩明・首席自然保護官は「500羽は一つの節目ではあるが、本州での放鳥を目指し、この先も取り組みたい」と述べた。


 …と、こんなトキ≠フ現状のようであります。
 真野に向かいます途中の田んぼには、数羽のトキが…そして、実にタイミング良く飛び立ってくれましたけど、トキ≠フ注ェの裏側の美しいこと\(^o^)/
 トキ≠ェ注ェを閉じています時には、ほぼ白一色に感じますけど、飛行中のトキ≠フ注ェの裏側…何とも言えません美しさ。注ェの裏側が、こんなにも美しいとは、全く知りませんGONsanなのでありました(^.-)☆
 ですが、哀しいかな、その美しい姿を画像に納めます事は叶いませんでしたネ(^-^;
 車窓からトキ≠眺めながら、バスは国府川を通過です。その際に、ガイドさんが、曽我ひとみさんと母・曽我ミヨシさんの拉致事件について触れられましたネ。


 >1978年(昭和53年)8月12日、曽我ひとみさんと母・曽我ミヨシさんは、旧・真野町(現在の佐渡市)で「買い物から自宅へ帰る途中」に
 >北朝鮮の工作員に拉致されたとされています。被害発生現場は自宅近辺であるとされ、市や関係者の視察記録には国府川(こくふがわ)
 >河口付近の真野地区が拉致現場の一つとして言及されています。
 >なお、警察や自治体は正確な経緯・所在の解明を続けており、細かな地点については公開情報に限りがあります。


 …との事で、「拉致された場所は、この辺りです…」と話されました際に、車窓から外に眼を移しますとタバコ屋《anの看板が見えました。
 後で、Googleマップで確認してみましたけど、この辺りでしたのかも…
 拉致されましてから、既に47年で、日本に帰国されましてから、もぅ23年経ますのですねぇ〜この永い期間に想いを馳せますと、何とも言えません感慨が…
 こんなモヤモヤ感に包まれていますと、バスは真野御陵(順徳上皇火葬塚)≠ヨと到着です。バスは、真野観光センター$^ん前の駐車場に。


 ◆真野観光センター
 -- 史跡の里に建つ老舗みやげ店 --
 「真野御陵」に隣接。無名異焼、各種銘菓、地酒など佐渡の名産品を幅広く取り扱っています。また、佐渡で産出される「赤玉石」は、皇居や伊勢神宮にも設置されている銘石。その美しい輝きを配した赤玉石庭園で、展示・販売をしています。食事は団体のみですが、大佐渡山脈、真野湾を眺望する喫茶があります。

 ◆真野御陵(まのごりょう)
 -- 還京叶わず佐渡に散った順徳院の火葬塚 --
 正式には「順徳天皇御火葬塚」。順徳上皇は「承久の乱」で佐渡配流となり、在島22年の末1242年、46歳で崩御。翌日、火葬され、その跡に松と桜を植え目印としたのがこの火葬塚です。御遺骨は翌年帰京。父帝・後鳥羽上皇墓所のかたわらに安置されました。火葬塚は御陵と同格扱いで宮内庁の管理。近くに順徳上皇を祀った真野宮があります。


 真野観光センター≠ノは、後で立ち寄りますので、先に真野御陵≠ヨと向かいます。が、赤玉石が所狭しと並びました赤玉石庭園≠ノは、珍しさもありまして足が止まりましたネ(^-^)庭園には、こんな案内板が…

 ◆佐渡銘石 赤玉石
 赤玉石は、日本三大銘石の一つで、両津市赤玉部落より産する良質の鉄石英を赤玉石といい、古来より赤は炎を連想させることから魔除け石といわれ、島内の各家庭でも玄関や床の間の飾りとして愛用されています。


 WEB上で赤玉石≠調べてみますと、こんな記載もありました。

 ◆佐渡赤玉石とは?特徴・価値を解説!

 --- https://nikkoudou-kottou.com/blog/jewelry/12195 ---

 ・佐渡赤玉石とは?
 佐渡赤玉石は、産地である新潟県佐渡市をはじめ各地で採取される石を指します。名前からして佐渡の特産品のように思われるかもしれませんが、実は北海道や静岡県、富山県などでも採取されています。
 しかし品質としては、佐渡市で採取されたものがいちばん良いとされています。
 そんな佐渡赤玉石は、鉱物学的には石英の一種です。石英は二酸化ケイ素の結晶で、本来なら無色透明に近い仕上がりになりますが(完全に無色透明のものは「水晶」と呼ばれます)、佐渡赤玉石はその成立過程で赤みを帯びた酸化鉄が入り込むことによって、赤い色に仕上がっています。
 独特の色合いがあるということで、鑑賞石の世界では古くから珍重されてきた歴史があります。特に表面を丁寧に磨くと独特の光沢が出てつやつやした質感になるということで、高い人気を誇ります。
 また、赤い色は古くから魔を払う効果があると考えられてきた歴史があることから、佐渡赤玉石はパワーストーンのひとつとしても人気があります。

 ・佐渡赤玉石の価値
 佐渡赤玉石は、磨き上げたときの光沢や鮮やかな赤、独特の風合いもあって鑑賞石・銘石として高い人気を誇っていますが、それと同時に高い価値を持つ石でもあります。
 もちろん多くの鑑賞石・銘石がそうであるように、大きさや形状、状態によって価値は大きく左右され、数千単位の値しかつかないこともあります。
 一方で、状態が良ければ数万単位の値がつくことも珍しくありません。
 たとえばテレビのお宝鑑定番組で2つの佐渡赤玉石が同時に出品されたとき、一方は数十万円、もう一方は数百万円という大きく違うプライスが発表されたことがあります。

 ◆佐渡赤玉石ってどんな石?

 --- https://www.ne.jp/asahi/isi/akadama/setumei.htm ---

 佐渡市(旧両津市)の赤玉地区より産出されるものだけを佐渡赤玉石といいます。鉄分と石英が高熱と高圧で結合した石で、非常に硬く(硬度は6.5〜7.0)磨いたときに透明感のある光沢がでます。色彩の美しさは日本一と言われて日本三大名石のひとつとされます。
 赤玉≠ニいう呼び方には、二つの説があります。一つは玉のように一つずつ出てくるからだと言う説と、もう一つは玉(ぎょく)のような輝きをもつ石だから赤玉石というと言う説がありますが、現在では後者の説が一般的です。
 天正18年に真野俊隆が佐渡産の赤石を豊臣秀吉に献上したことがあり、このときは朱真石≠ニ呼んだといわれます。
 古事記や日本書紀にも赤玉の歌があり、この歌が佐渡産の赤玉石に由来するという学説をとなえる人がいるが、定かではありませんが、弥生時代より加工され、勾玉や管玉として装飾品に使われ、江戸時代にはキセルの根付などにも使われました。適度な大きさのものは、磨いても自然のままでみても良いことから観賞石や水石として珍重され、また大きなものは、庭石として使われました。庭石としては石組みに使うものではなく、必ず一石を庭や玄関等の目立つ所に置き眺める飾り石です。また古くから朱(赤)は魔を払うと言われることから、佐渡赤玉石は縁起の良い石といわれ、佐渡では家の玄関や床の間に家の守り石として飾られてきました。しかし、近年では産出量はほとんど無くなってしまい、非常に貴重な石になっています。

 
真野御陵(順徳天皇御火葬塚)が近付いて来ますと、こんな説明板もありました。

 ◆中部北陸自然歩道 順徳天皇御火葬塚

 承久の変(1221年)で佐渡へ御遷幸の順徳帝は、在島22年仁治3年(1241年)9月46歳で島の行在所で崩御された。この真野山で御火葬、御遺骨は翌寛元元年(1242年)4月従臣藤原康光によって都に帰られ、大原の父後鳥羽帝の墓所の傍らに埋葬された。
 この御火葬所の地は従来「真野御領」と称されてきたが、明治22年6月京都大原墓所が陵に定められると、ここは「御火葬塚」となるが御領と同じ取り扱いをされ宮内庁で管理。
 戦国内乱期に境内は大いに荒廃したが、江戸時代延宝6年(1678年)国分寺と末寺(御領別当)真輪寺の僧の修復願出により、時の佐渡奉行曽根五郎兵衛は幕府の許可を得、翌年には方五十間の環境域復旧した。外部の石垣は明治8年相川県参事鈴木重嶺の修復になる。
 
-- 環境省・新潟県 --

 

 

 

 

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