| 2025/10/20(月)-2025/10/22(水) 佐渡島三ヶ寺「根本寺・妙照寺・妙宣寺」℃Q詣旅行 <7/24> |
■2025年11月19日14:41
10/20(月)-10/22(水)佐渡島三ヶ寺「根本寺・妙照寺・妙宣寺」℃Q詣旅行(13)
ホテル1階ロビーでの「佐渡おけさ公演」が終わりますと、本日の行動は凡てオシマイで、自室に戻り暫くノンビリと過ごしましたけど、多分、P.M.09:30過ぎ頃でしたか…就寝となりました。
タイマーセットで、翌朝はA.M.05:00に起床です。
窓際から外の様子を伺いますと、まだ真っ暗で、周辺の様子はよく分かりません。ただ、波の音で、岸壁に押し寄せています様子が伺えます。
洗顔等を済ませ、出かけます準備が整いますと、それでは今から、朝のウォーキングにと出発です。が、何処をどぅ進んだらイィものか(^-^)とりあえず、ホテル前の岸壁から日本海の様子を確認です。
まだ真っ暗ですから、街灯の灯りではよく分かりませんけど、波の音で、荒々しい日本海の波の強さがイメージとして浮かんで来ますようであります。
暗いですから、岸壁を歩きますにはチト怖さが(^-^;
で、一つ中側の車道沿いの歩道を北方向に進んで行きます事に(^-^)/
車の走行もありませんし、勿論、人も歩いておられません歩道を、ノンビリと北上が続きます。そぅしましたら、ウエルシア佐渡相川店≠フ看板が何とか読めますけど、店舗に点灯はありません。多分、営業時間は09:00-22:00≠ナしたような(^-^)
この看板を横目に通り過ぎますと、隣接に、初めて灯りの点灯した建物が…注視しますと、ふ〜ん、建物にはPolice≠フ記載が…佐渡警察署相川交番≠ナありました(^.-)☆
依然として未だ暗い中を、佐渡市消防本部相川消防署、佐渡市役所相川支所、相川バスステーション、相川地区公民館、相川総合体育館…等の建物を左手に見ながら進みます。そぅそぅ、そぅ言えば、先ほど通過しました相川消防署の前辺りに、「相川・羽田の浜」と記載の塀の一部が保存されました遺跡らしきモノがありましたけど、う〜ん、ひょっとしたら、今こぅしてGONsanが歩いています歩道が昔の護岸跡≠ネのかも…暗闇でよく分かりませんから、帰路で再度確認してみましょうか(^.-)☆
時間を見ますと、A.M.06:00少し前。
もぅ少しで明るくなりそうですから、この辺りで護岸に向かってみます事に。
佐渡漁業協同組合稲鯨支所相川出張所辺りから、左手の3棟の市営栄町住宅§eを左廻りに護岸に出まして、日本海を眺望です。依然として強い波が押し寄せています。
護岸の右方向には、何やら遺跡らしき構造物が存在しますけど、何なのかよく分かりません。もぅ少しで夜も明け、明るくなりそうですから、暫しここで待機です。
その間に、遺跡らしき構築物方向を画像に納めてみますと、こんな感じで肉眼より鮮明に撮れましたネ(^_^)v
スマホで、この場所を検索してみますと、ふん、ふん、大間港跡≠フ遺跡でありました。
◆大間港(おおまこう)
--- https://www.pref.niigata.lg.jp/sec/sado_seibi/omoshiro1-oomakou.html ---
大間港は佐渡鉱山の鉱石や石炭などの資材の搬出入を目的として明治時代中期に築港され、佐渡金銀山の発展を支えました。コンクリート工法の普及以前に用いられていた「たたき工法」を使ったカラフル護岸や、にょっきり生えた橋脚や台座跡等の構造物が残存しています。
日本の近代化を支えた佐渡金銀山、その発展に寄与した大間港の日本海の荒海の中で耐え抜く姿は、当時の建築技術の高さを裏付けているので、そちらにもご注目ください。
◆鉱石の積み出しなどに使われた「大間港」
--- https://www.visitsado.com/spot/detail0461/ ---
明治25年(1892年)、コンクリート工法以前の石灰等を用いた「たたき工法」により完成した港で、鉱石の搬出や石炭などの鉱山の資材搬入に使われました。現在も石積護岸やトラス橋、ローダー橋脚、クレーン台座が残されています。
…と、こんな大間港跡∴竦ユのようです。本日は、ここで引き返しますけど、明日の早朝ウォーキングでは、近くまで自由に入れますようですから、大間港跡∴竦ユの敷地内に出かけてみます事に(^-^)//"







■2025年11月20日13:57
10/20(月)-10/22(水)佐渡島三ヶ寺「根本寺・妙照寺・妙宣寺」℃Q詣旅行(14)
ホテル万長≠ヨの帰路は、明るくなって来ましたので護岸を通って帰ります事に(^.-)☆
朝も06:00を過ぎてきますと、地元の方なんでしょうネ…ウォーキングしておられます方もチラホラと(^-^)
帰路では、相川総合体育館∞相川地区公民館∞相川バスステーション=c等の建物を、裏側と言うか海岸側から眺めながら、ノンビリと佐渡市役所相川支所≠ワで戻って来ますと、帰路で「昔の護岸跡(相川・羽田の浜)」に立ち寄ります事を思い出しました。危ない、危ない(^-^;
危うく忘れて素通りしてしまいますところでありました。相川支所≠フ裏側・護岸から駐車場を抜け表側に(^-^)
護岸跡の遺跡には、こんな説明がありました。
◆羽田浜通り
上羽田町、下羽田町(今の相川羽田町)の海側を羽田浜通りといい、現在の警察署の位置に、佐渡奉行所の交易機関である廣恵倉御役所があった。かってはここに羽田港があり、毎年唐津焼を積んだ唐津船が入港し瀬戸物町(唐津町ともいう)で商いした。
当時、国内有数の消費地であった証である。
◆羽田の浜跡
佐渡の相川・羽田の浜で
女波男波が打ち寄せる
かすむ相川夕日にそめて
波の綾織る春日崎
是より石積みを中心にした湾内に、おけさに歌われている羽田の浜があった。美しい波打ち際に幾艘もの小船が並び、また春日崎に沈む夕日は湾一面を赤く染めた。
昭和54年(1979年)から平成8年(1996年)にわたり、総工費11億円をかけて、沖合い100m、延長1,150mの公有地造成事業により、新しく126千uの陸地が生まれた。
この石積みは、海岸を守る護岸として季節風から町並みを守っていた、陸と海との境界の証として、今に残されている。
…との事で、昔は、ここが護岸でしたようであります。
相川公園内の花壇には、こんな説明板も…
◆「木が結ぶ地域の環」
この区域にある木は、相川合同庁舎内の職員有志百七十八人からの募金によって、植樹されたものです。
平成14年4月からの組織改革にともない、これまでの出先機関「新潟県相川合同庁舎各事務所」が地域機関「佐渡地域振興局」として生まれ変わる契機に、実行された記念植樹です。
これまでの行政機関の業績を振り返るとともに、さらに「島民起点」で佐渡の地域振興のために、地域に根を張った行政を推進しようとする想いを込めたものであり、この樹々が地域の皆さんから広く永く愛され、すくすくと育っていくとともに、地域と行政とのネットワーク形式の一助となれば幸いです。
-- 平成14年3月26日 新潟県相川合同庁舎 記念行事実行グループ --

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