| 2025/10/20(月)-2025/10/22(水) 佐渡島三ヶ寺「根本寺・妙照寺・妙宣寺」℃Q詣旅行 <12/24> |







■2025年11月29日21:39
10/20(月)-10/22(水)佐渡島三ヶ寺「根本寺・妙照寺・妙宣寺」℃Q詣旅行(23)
バスが妙照寺に到着で、社外に出ますと、眼の前に再建中の本堂が…
このまま進みますと本堂への最短距離となりますけど、ちゃんと参道を通りまして山門へ向かいます。この山門は、焼失を免れましたのでしょうネ…
山門入口脇には、涅槃図≠ニ洛中洛外図屏風≠フ、こんな説明板が(^_^)v
◆涅槃(ねはん)図
--- 佐渡市指定 有形文化財(絵画) 平成16年3月1日指定 ---
涅槃図とは、釈迦の入滅時の様子を描いた絵図のことで、釈迦の遺徳を称える涅槃会の際には寺の本堂などに掲げられ、参拝が行われる。
この絵図は、縦3.28m×横3.58mもの巨大なもので、図面は沙羅双樹の中央の宝台に北枕、西向きに横になる釈迦を囲む諸菩薩、悲泣する仏弟子・俗衆と動物たち、上空には急ぎ飛来する生母摩耶夫人たちの姿が描かれており、画法・色彩ともに優れている。
画中には「雪舟八代長谷川等玉信雪筆」の墨書銘と落款があり、作者は絵師の長谷川等玉であることが確認できる。
◆洛中洛外図屏風(らくちゅうらくがいずびょうぶ)
--- 佐渡市指定 有形文化財(絵図) 平成16年3月1日指定 ---
洛中洛外図とは、京都の洛中(市内)と洛外(郊外)の建物や四季の風景、庶民の生活の様子などを描いた風俗絵である。
この屏風は6曲1双、縦1.55m×横.60mで、右隻に洛中の北野神社及び経堂が中心に描かれ、内裏や二条城が省かれており、佐隻の洛外には鴨川以東の様子が描かれている。建物の様子から寛永元年(1624)頃の京都が描かれていると考えられており、このことから作品の制作年代も江戸時代前期と推定されている。
この屏風は、所蔵する妙照寺に長谷川等玉作の涅槃図(市有形文化財)が伝わっていることや、長谷川本らしき画風から、長谷川派に関連した作品と考えられている。
山門から境内に入りますと、57世・鈴木日教貫首(横浜市戸塚区蓮久寺より晋山)が迎えて下さいました。
境内のほぼ中央部に「曼荼羅(御本尊)を安置した石造の奉掲塔・顕彰碑」が存在です。これは焼失を免れましたのでしょうネ…
で、この「石造の奉掲塔・顕彰碑」は何と言えばイィのでしょうね。法華曼荼羅奉掲塔(ほっけまんだら ほうけいとう)∞曼荼羅奉安塔(まんだら ほうあんとう)∞顕彰碑(けんしょうひ)=cと、お寺によって色々なのでしょうけど、曼荼羅奉掲塔≠ニでも呼びましょうか(^-^)
本堂は再建の真っ最中ですから、本日の御開帳は曼荼羅奉掲塔≠フ前で執り行われますのでしょうね(^-^)//"





■2025年11月30日20:35
10/20(月)-10/22(水)佐渡島三ヶ寺「根本寺・妙照寺・妙宣寺」℃Q詣旅行(24)
鈴木日教貫首からご挨拶と、妙照寺≠フ沿革・近況等のお話しがありましてから、曼荼羅奉掲塔≠フ前で御開帳です。
御開帳を終えますと、主要な建物は焼失ですけど、一応、境内を拝見です。
◆妙照寺
日蓮聖人が庵を結んだ名刹。「開目抄」を記した塚原の三昧堂から一谷(いちのさわ)に移り、1274年に赦免されるまでの約2年半を過ごしました。「観心本尊抄」を著し、「法華曼陀羅」によって教義を確立させた地として日蓮宗の霊跡となっています。日蓮聖人自らが山号・寺号を授けた寺としても知られ、草庵跡地に祖師堂が建っています。
…と、WEB上には、焼失前の妙照寺≠フこんな記載が…
山門正面には、どっしりとした茅葺屋根の本堂が存在しましたのでしょうけど…もっと早くに妙照寺≠訪れておりましたら参詣が叶いましたのに、本当に残念ではありますネ。

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