妙性山 玉泉寺
2025/10/20(月)-2025/10/22(水) 佐渡島三ヶ寺「根本寺・妙照寺・妙宣寺」℃Q詣旅行 <9/24>

 

 

 

 

 

 

 

 ■2025年11月23日21:04
 10/20(月)-10/22(水)佐渡島三ヶ寺「根本寺・妙照寺・妙宣寺」℃Q詣旅行(17)


 坑道を進んで行きますと、説明板≠烽りますので、当時の様子を興味深く拝見です。
 採掘作業に従事しておられます方達の姿が、実にリアルに再現されておりますから、この方達のお顔と眼が合いますと、何か話し掛けられそうでドキッとしてしまいます。それほどまでに、実に精巧な造りでありました(^.-)☆


 ◆金穿大工(かなほりだいく)の生活
 佐渡金山では、鑽(たがね)と鎚(鎚)で鉱石を掘る坑夫のことを金穿大工と呼ぶ。
 金穿大工は、坑内の労働者の中では、技術者として賃金もよく、優遇されていた。採掘は4時間ごとの交替制で、金銀山絵巻には坑内で食事や休息する姿も見られる。しかし、労働環境は悪く、一般に短命の者が多かった。

 ・江戸の流行
 金穿大工の髪型に本多風(ほんだふう)という江戸の流行の髪型が見られる。島外の人々の出入りも多く、鉱山町の風俗にも大きな影響を与えた。

 ◆水替人足(みずかえにんそく)と無宿人(むしゅくにん)
 江戸時代の中頃から地中の鉱石を求めて坑道がますます深くなると、水揚機の使用がままならず、手繰り水替による人海戦術見直された。
 水替人足の労働時間は、隔日交替の一昼夜勤務ときつかったが、賃金はよかった。しかし常に人員不足で、安永7年(1778)より、江戸・大阪・長崎などの無宿人を受け入れるようになった。

 ・無宿人
 親に勘当されたり放浪していて、宗門人別帳(戸籍)から除外された者で、無罪の者。後に有罪者も混ざるようになる。
 幕末までの100年間に、1,874人が佐渡に送られてきた。

 ・無宿人の賃金など
 1日当たり:飯米1升2合、味噌・醤油・野菜など、塩代・小遣いなど
 そ の 他:年間仕事着、簑・笠代、蒲団代支給

 ◆探鉱坑道
 鉱脈のことを立合という。金鉱脈を探して水平に、あるいは上に下に掘り進んでいく。
 鉱脈に当たらない場合は、脈の方向を推定して、直交する向きに開削していく。小規模なものを切山といい、高さも幅も、かろうじて人が出入りできる程度のものであった。

 ・良質の鉱石(銀黒)
 黒い縞模様の中に金の微粒子が含まれている。

 ◆採掘作業
 金穿大工は、鑽を上田箸(うえだばし)ではさみ、鎚で打つ。上田箸は、短くなった鑽をつかむことができ、しかも手元の安全を守るのにも役立った。
 鑽は2日で1本消費する。くなった鑽は、坑外の鍛冶小屋に運ばれ再生される。
 掘った鉱石は、大工頭が品質を確認し、区分けして運び出される。

 ・上田箸
 鑽をはさむやっとこ。信州上田から来た山師、上田久二が考案した道具。

 ◆間切改(けんぎりあらた)め
 間切りとは、長さ・幅・高さを決め、見積もりを立て掘った大規模な探鉱坑道のことで、奉行所が請負業者に発注する。掘られた間切は、発注通りか、またどれだけ進んだかを検査する。この検査を間切改めという。
 間切改めは諸役人、山師、振矩師(ふりがねし)で行う。紙のこよりを固くよって作った「てへん」というかぶものをしているのが、役職をもつ者。

 番所役:各間部(採掘坑)の管理役、山師:鉱山経営者、振矩師(ふりがねし):測量師、目付役:役人の監視、山方役:金鉱山を支配する山奉行、間切請:坑道掘りを請け負うもの

 ◆捨石も選られ精錬所へ
 江戸時代の中頃には鉱石が減少し、一旦捨てた柄山(鉱石を含まぬ捨石)も回収し、粉成し製錬されるようになった。これらは捨石や拾い石を専門に製錬する外吹買石(そとぶきかいいし)という製錬業者のところに運ばれていった。
 上部の狸穴とは、細い鉱脈をたどりながら大きな鉱脈をさがす坑道で、腹ばいで移動しなければならなかった。

 ・労働者の装束
 重労働者は褌姿や諸肌脱ぎであったが、一般には、細く裂いた木綿布を横糸に縛り込んだ裂織という着物に荒縄帯、頭には布のかぶりものをしていた。

 ・荒縄の帯
 落盤事故などの時、救助されるまで藁をかみ、命をつなぐためのものであった。

 ◆間歩(採掘坑)開きの祝い
 背後の壁面の縞模様が立合(鉱脈)。金銀を多量に含む黒い縞がくっきりと浮かぶ富鉱帯を大発見した。
 前途を祝し、今まさに、間歩(採掘坑)開きの祝いが始まったところである。
 採掘を請け負った山師と金児が見守るなか、棚の上では、佐渡金山に伝わる独特の祭礼「やわらぎ」が演じられている。

 ・やわらぎ
 硬い岩盤が少しでも和らぐようにと祈る神事で、山の神の心を和らげるとの意味もある。
 歌詞=岩の出先に 三階松植えて 鶴が黄金の 巣を掛ける


 そぅそぅ、WEB上で佐渡金山のリアル過ぎる人形≠検索してみましたら、こんな記載がありましたけど、有料記事で一部のみしか読めませんでしたネ(^-^;

 ◆佐渡金山にリアル過ぎる人形 65体のモデルはあの人

 --- 2021年2月21日8時00分 朝日新聞 ---

 地底の金鉱石を手作業で掘る金穿(かなほり)大工、わき出る水をくみ出す水替人足…。江戸時代の採掘の様子を再現した佐渡金山の観光坑道。そこで働く65体の人形たちの表情が妙に生々しい。彼らの顔のモデルとなったのは、金山と関わりのある実在する人びとだった。
 1月末、佐渡金山の宗太夫(そうだゆう)坑。気温10度の坑道では天井の岩盤を支える坑木の交換作業が行われていた。国の史跡に指定されているため、作業は「山留普請(やまどめふしん)」と呼ばれた江戸時代と同じ工法が採られ、すべて人力だ。
 延長約280メートルの坑道では、11カ所で江戸時代の採掘風景が再現されている。狭い木製の足場で鉱脈に向かってたがねを打ち込む者、鉱脈の位置を測量術を使って調べる者、採掘の安全を祈願する者。等身大で当時の服装のまま働く彼らはすべて人形だ。暗い地中で無理な姿勢のまま石粉にまみれた当時の重労働がしのばれる。
 観光客らが近づくと、センサーが感知し、人形が動き、しゃべり出す。休憩所で休む者はつぶやく。「早く外へ出て酒が飲みてぇ」

 -- マネキンの外国人顔、不評で --
 佐渡金山の管理運営会社「ゴールデン佐渡」によると、人形が設置されたのは1970年という。だが、当初は既製品のマネキン人形を置いたところ、不評だったため、頭の部分を作り直した。改修時期は特定できない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■2025年11月24日16:37
 10/20(月)-10/22(水)佐渡島三ヶ寺「根本寺・妙照寺・妙宣寺」℃Q詣旅行(18)


 興味深く拝見しながら坑道を進んでおりますと、そろそろ宗太夫坑コース≠フ見学も終わりへと近付いて来まして、坑内から外へ(^-^)
 宗太夫坑≠フ出口には、「横引場(坑内の検問所)」の説明板が…


 ◆横引場(坑内の検問所)
 穿子(ほりこ)が坑内から運び出した叺(かます)に入った鉱石や捨石の数量を検査して、不正防止と賃金支払いの目安とした。
 叺はむしろで作った運搬用の袋のことで、一荷は五貫目(19kg)。


 そして、説明板前の橋を渡って行きますと佐渡金山展示資料館≠ノ入って行く事となりました(^.-)☆

 ◆佐渡金山展示資料館

 ・施設案内:江戸時代の佐渡金山を忠実に再現した模型を見たり、純金延べ棒の重さを体感しよう!

 <第1展示室>

 「佐渡金山絵巻」に描かれた江戸時代の佐渡金山の仕事の様子を忠実に再現。金鉱石を採掘、製錬し、佐渡小判を作るまでの工程を、絵巻に基づいて、縮尺1/10の500体の人形や模型で分かりやすく説明しています。
 
 ・模型で見る佐渡小判を作るまでの工程
 @鉱石を選別する工程A選別された鉱石を牛で運ぶ工程B鉱石を細かく砕く工程C鉱石を石臼ですり潰す工程D鉱石を水で流して選別する工程(ねこ流し)E金鉱石を溶かす工程F金銀と塩を一緒に焼いて塩化銀を作る工程G金を圧延して延べ板にする工程H小判を作る工程I小判に刻印する工程

 <第2展示室>
 
 ・希少な佐渡小判と一分金、絵巻物の展示のほか、排水坑道の体験模型や本物の金塊に触れる体験ができます。
 @各種大判・小判の展示A江戸時代に佐渡で作られた希少な佐渡小判と一分金B小判の製造工程の解説C時価約1億5千万以上の純金延べ棒。金の重さを体感しよう!


 …と、こんな展示資料館≠ナありまして、ジックリと拝見しますと仲々楽しめますネ(^-^)//"

 

 

 

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