愛知県 豊橋市・吉田城跡 <3/4> |
豊橋市美術博物館
豊橋の文化の発信地、美術博物館。「美博」と親しまれ、多くの市民に利用されている。常設展示室には豊橋市出身の画家の作品が常時展示されている。
(左)豊橋市美術博物館です (右)美術博物館前の景観です
(左)後方の白い建物は豊橋市役所です (中)(右)美術博物館前の景観です(^.-)☆
(左)三の丸会館です (中)(右)吉田藩祖豊城神社と正面奥には神武天皇像が…
豊城神社と神武天皇像
三の丸公園の北西、豊橋公園の最も奥にあたるところに、吉田藩祖豊城神社の碑と鳥居がある。
鳥居の奥には社殿はなく、この銅像がひっそりと建っている。江戸時代には吉田城内に大河内松平家の祖とされる源頼政と松平信綱の霊屋があり、それぞれの命日には法要が営まれていた。
明治以降、旧藩士が城外に豊城神社を造って頼政を祀り、その後信綱を祭神に加え、大正8年に東田坂上電停南側、旧陸軍墓地の近くに移転した。
吉田藩日記類は豊橋市東田町にある豊城神社に所蔵され、総数115冊に及ぶ古記録類です。江戸時代後期の吉田藩政に関するものが多く、中でも66冊の「覚書留」には文化期の14年間分が欠けているものの、宝暦2年(1752)〜文政10年(1827)までの藩政記録が記されています。
これまで、吉田藩に関して公になった史料としては「吉田藩日記」ほか数編が知られていますが、いずれも幕末から明治初期の記録です。このため豊城神社所蔵の古記録類は、18世紀から19世紀半ばまでの吉田藩政を理解する貴重な資料として注目されています。
(右)昭和29年に復元された隅櫓です
(中)本丸井戸跡の標識が… (右)二の丸御殿跡の標識が…
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