2024/12/01(日) 冬至祭前の葛城神社境内清掃 <2/2> |
暫しの休憩が終わりますと、また、刈り取られました木々・雑草を集めドラム缶で焼却ですけど、あまりにも燃やすモノが多過ぎて、ドラム缶もパンク状態(^-^;
凡ての焼却はとても無理ですから、大きめな木々等は、哀しいかな山側の平坦地の部分に集めます事に。
今回は、焼却不能分を、とりあえず仮置きし、また機会を見つけて、その都度焼却処分しませんと、なりませんようですねぇ〜
刈り取りました木々を片付けますと、とりあえず境内もキレイになりました。
切り倒されました枯れた樹木は、いくつかに分断され、ストーブ用の薪にされますのでしょうか…軽四に積み込み、お持ち帰りとなりました(^.-)☆
時間はと確認しますと、A.M.11:19でありました。
一応片付き、手持ち無沙汰状態で周辺を見廻しておりますと、自治会長さんから集合の声。
12/14(土)・12/15(日)の2日間が前夜祭・冬至祭で、それぞれの準備でのお手伝いの要請がありましたけど、GONsanはパス。後は、自治会三役・葛城神社総代・自治会班長…等の皆さんで行って貰わなくちゃぁ(^-^)
…と言う事で、葛城神社境内清掃≠ヘ解散となりました(^-^)//"
帰り際に、葛城神社下の「ふるさと水呑∴ト内」に眼が止まり、パチリです(^-^)
◆歩いてふれよう水呑の歴史と風土ふるさと水呑∴ト内
-- 葛城神社 --
熊ヶ峰と並ぶ葛城山の九合目あたりに安元元年(1175)頃から在りました。
葛城神社の祭神は素戔鳴の子一言主神で、本社は奈良県葛城一言主神社である。
官簿写しには、所在地を簑島砂原として、社殿梁行一間、桁行一間半、境内九坪、氏子二戸とあり、1867年ごろ佐々木一右衛門なる人、今の八幡神社の南山上岩亀に移し、明治44年(1911)夏再び葛城山九合目に神殿六間二間・参拝所三間半・控所六間二間を新築移転する。
昭和30年(1955)に、現在地へ移されました。
住職は年老いた為、故郷の矢掛妙泉寺に帰り、現在地には葛城大尊天として祀られている。(大尊天とは仏の神である)
由来記によれば、安元元年(1175)小松内大臣重盛公、厳島神社参詣の途中、この山に登り当社と熊野神社を祀ったとも伝えられていのす。(水呑町史より)
-- 山神(やまがみ) --
葛城山の登山道八幡神社より七○米ぐらい登った右手七間奥に高さ二尺位の文字の無い石碑がある。土地の人は此れを山神とよんでいます。
この石碑の由来は元文元年(1736)三月二五日の夜、太鼓勘兵衛という人夢に髪は禿にして、一足の鬼形来て三度喚て日、我をはやく可祭と同二九日の夜、又以前の鬼形来て何とて我を不祭ぞ、早く可祭勧請をば、重顕寺日明に頼めと呼で山奥へ走行。
此の時日明上人白衣に紫の袈裟をかけて居給たまへると見て夢覚侍り傍面日明を導師として山田山に勧請す。
其後山の役人小林加七と云者、公用の薪を切らせるが、既に此社の木も切らんとしける時、久太郎と云う者是は山神の神木にて候と申しければ、きらざりけるなり。(水呑町史より)
-- 蘇命水(そめいすい) --
重盛公、熊ヶ峰山上に向かう途中、六・七合目の所で主従共に息も絶えるかと思われるほど疲労のところに白髪の翁が現れて、傍らにあった岩を取り除いたら、たちまち冷泉が湧き出す。
公、これを飲んだところ間もなく元気を回復したので、重盛公がこの水を蘇命水と名付けたと伝えられる。
時に翁は何者であるかと、公が尋ねたところ、吾はこの峯の頂上に祭られるかつらぎ大権現≠フ待者であると。(葛城山縁起より)
-- 水呑学区まちづくり推進委員会 水呑歴史民俗資料保存会 令和二年二月設置 --
この案内板の付近には、こんな案内板も…
◆みんなの森づくり事業
この緑は、財団法人都市緑化基金と花王株式会社が生活の身近な場所に、緑豊かな環境をつくりだすことを目的に実施している「みんなの森づくり活動助成」の支援を受けています。
-- 平成15年3月 福山市水呑学区町内連合会 --
…と、こんな案内板が。
財団法人都市緑化基金≠ニは何なんだろう…と、WEB上で検索してみますと、こんな記載がありました。
◆公益財団法人都市緑化機構
・花王・みんなの森づくり活動助成
緑や自然とのふれあいは、都市に生活する人々に安らぎや潤いを与えるだけでなく、子供たちにとっては、豊かな心を育成する貴重な体験となります。
都市緑化機構では、花王株式会社の支援を受け、生活の身近な場所に緑豊かな環境を創造することを目的として、緑を守り育てる活動に取組む住民団体等の支援を行っています。
身近にある自然をいっしょに育てていきましょう。
・花王の想い
花王株式会社は、「よきモノづくり」を通じて、豊かな生活文化の実現に貢献することを企業使命に掲げ、この“よきモノ”をお届けする事業活動とともに、よき企業市民として社会へ貢献するため、「次世代を育む環境づくりと人づくり」をテーマに、「環境」「教育」「芸術・文化」を重点分野に社会貢献活動に取り組んでいます。
1990年代後半、環境保護の機運が高まり、未来の子どもたちへ緑豊かな環境を引継いでいくために、花王株式会社として何ができるのか、また何をしたら良いのかを考え、財団法人都市緑化基金現(公財)都市緑化機構≠フ協力を得て、オリジナル緑化プログラムを開発し、2000年に「花王・みんなの森づくり活動」を開始しました。
※ 詳細については、花王株式会社のホームページ(https://www.kao.com/jp/corp_csr/social_activities.html)をご覧下さい。
…と、こんな記載が。
ふ〜ん、そぅでありましたか…花王蒲lは、豊かな生活文化の実現に貢献することを企業使命に掲げておられますのですねぇ〜う〜ん、知らなかった(^-^;
大変勉強になりました(^-^)
葛城神社から少し下って行きますと、何年か前までは、ここに池が存在しましたのですけど、今は渇水と云うか、近辺の農地も無くなり農業用水も不要となりましたのか、留水も無く底地が剥き出し状態です。何でも、いずれ埋め立てられますとか…造成され宅地となりますのかも…
この池の付近の山側に山神≠フ石碑が存在です。
写真に撮りますのは失念しましたけど、挿入の画像は、何年か前に撮りましたものなんです(^-^)
車は八幡神社の駐車場に駐めていますので、最後に八幡神社に立ち寄りです。
先月末でしたか…年末ジャンボ宝くじを求めていますので、「是非、当選させて下さい!!」と、お賽銭は100円玉一個で念入りに祈願。
お賽銭をケチりましたから、さて、どぅでしょう(^.-)☆
そして、最後に、以前から画像に納めておこう…と思いながらも、訪れます都度、忘れておりましたので、今回は忘れずに「御鎮座四百五十年祭 奉賛事業記念石碑」をパチリです(^-^)
恥ずかしながら、GONsanは1万円≠ナしたけど、この石碑の記載によりますと、奉賛金最高額が30万円=A続いて20万・10万・5万・3万・1万5千・1万・5千・3千・2千・1千…と様々ですけど、まずは一安心。1万円の奉賛金が一般的でありましたから(^-^)/
ですが、今にして、こぅして改めて石碑に眼を通しておりますと、多少の悔やみも(^-^)
う〜ん、10,000円≠ナなく11,000円≠ニすれば良かったかも…と。そぅすれば、鼻一つ抜き出ましたかも(^.-)☆
いゃいゃ、こぅいぅ詰まらない事を考えておりましたら、先ほどの宝くじ祈願がダメとなりますかも(^-^;
境内には、どなたもおられませんから良かったものの、どなたかおられましたら、「不届き者、サッサと帰れ!!」と云われましたかも(^-^;
それでは、八幡神社から駆け足で退散です。
駐車場に戻り境内を振り返りますと、んっ!?…何処からか枯れ葉・枯れ木を集めて来られ、今からドラム缶で焼却を始めようとしておられます男性が…
ふ〜ん、神社の裏辺りで清掃しておられましたのでしょうねぇ〜
危ない、危ない。GONsanの良からぬ心の内を見透かされるところでありました(^-^)//"
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