2018年 某協会福山支部の皆様と「京都方面研修旅行」行きでした(^.-)☆ <4/11> |
う〜ん、ここもまた、結構、観光客の皆様がおられます(^.-)☆
10円玉硬貨でお馴染みの「平等院」、WEB上で検索してみますと、
◆平等院
平等院(びょうどういん)は、京都府宇治市にある藤原氏ゆかりの寺院。平安時代後期・11世紀の建築、仏像、絵画、庭園等を今日に伝え、「古都京都の文化財」として世界遺産に登録されている。山号を朝日山と称する。宗派は17世紀以来天台宗と浄土宗を兼ね、現在は特定の宗派に属さない単立の仏教寺院となっている。本尊は阿弥陀如来、開基は藤原頼通、開山は明尊である。
◆歴史
--- 平等院の創建 ---
京都南郊の宇治の地は、『源氏物語』の「宇治十帖」の舞台であり、平安時代初期から貴族の別荘が営まれていた。現在の平等院の地は、9世紀末頃、光源氏のモデルともいわれる左大臣で嵯峨源氏の源融が営んだ別荘だったものが宇多天皇に渡り、天皇の孫である源重信を経て長徳4年(998年)、摂政藤原道長の別荘「宇治殿」となったものである。道長は万寿4年(1027年)に没し、その子の関白・藤原頼通は永承7年(1052年)、宇治殿を寺院に改めた。これが平等院の始まりである。開山(初代執印)は小野道風の孫たり、園城寺長吏を務めた明尊である。創建時の本堂は、鳳凰堂の北方、宇治川の岸辺近くにあり大日如来を本尊としていた。翌天喜元年(1053年)には、西方極楽浄土をこの世に出現させたかのような阿弥陀堂(現・鳳凰堂)が建立された。
◆近代以降の平等院
現在の平等院は、天台宗系の最勝院、浄土宗の浄土院という2つの寺院(共に鳳凰堂の西側にある)が共同で管理している。浄土院は明応年間(1492年 - 1501年)、最勝院は承応3年(1654年)の創始であり、平等院が浄土・天台両宗の共同管理となったのは、天和元年(1681年)、寺社奉行の裁定によるものである。宗教法人平等院の設立は昭和28年(1953年)である。
1990年代以降、庭園の発掘調査・復元、鳳凰堂堂内装飾のコンピュータグラフィックスによる再現などが行われている。平成13年(2001年)にはそれまでの「宝物館」に代わり、「平等院ミュージアム鳳翔館」がオープンした。建築家栗生明は、鳳翔館(新建築 平成13年(2001年)9月号)の設計で、日本芸術院賞を受賞している。
平成8年(1996年)から平成9年(1997年)にかけて、鳳凰堂の右後方に15階建てのマンション2棟が建ち、見る方向によっては鳳凰堂の背景になってしまっている。創建当初からの風致が大きく損なわれ、これが景観法施行前の平成14年(2002年)に宇治市都市景観条例が制定されるきっかけとなった。当面の対策として平等院境内にクスノキが植樹されており、この木が高さ10メートルまで成長すると、鳳凰堂背景の景観を阻害しているマンションを完全に隠すことが期待されている。
平成24年(2012年)9月3日から平成26年(2014年)3月31日まで屋根の葺き替え・柱などの塗り直し修理が行われた。この間、鳳凰堂内部の観覧は出来なくなっていた。平成26年(2014年)10月1日、落成式が行われ修理工事が完了した。
…と、こんな平等院であります。
正門から入場し鳳凰堂の横顔を観ながら正面へ。格子の円窓から覗く阿弥陀如来坐像のお顔を拝み、その後は阿字池に沿って歩きミュージアム鳳翔館の入口へ。間近で数々の国宝や文化財を堪能したら、鳳凰堂の裏手を通って正門へ。
こんなルートでとりあえず散策開始となりました。浄土式庭園と鳳凰堂…大変キレイでしたネ(^-^)//"
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