秋田・鶴岡・酒田 <4/5>
  

本間美術館の沿革

 本間美術館は昭和22年、本間家より土地と建物を無償でお借りし、戦後全国に先駆けて私立美出館として活動を始めました。
 
 芸術文化の向上を目的として開館して以来、我が国の美術活動の発展のために多くの展覧会を企画・開催して来ました。
 開館当初は、本間家に伝わる庄内藩酒井言え・米沢藩上杉家など東北諸藩からの拝領品を中心に展示してまいりました。特に雛人形展では露天商が出るほどの 賑わいを見せたと言われています。

 現在でも本間美術館の雛人形展は広く知られています。
 またその後も美術館活動を通じ、多くの篤志家から美術品などを御寄贈いただくと共に、購入などの収集活動も充実させて来ました。

 美術館の本館と庭園は、本間家四代光道が文化10年(1813)に港湾労働者(丁持)の冬期失業対策事業として築造された別荘です。鳥海山を 借景とし、 蓬莱島を中心とする廻遊式庭園は、東屋のそばに鶴が飛んで来たことから、酒井侯から「鶴舞園」と名付けられました。建物は「清遠閣」、茶室は「六名慮」と 呼ばれています。

 庭石は、北前船で酒田港に運ばれた珍石が多く、灯籠には小豆島の御影石を使用しています。江戸時代には酒井侯が領内巡視の際度々ご来臨され、 明治以降は 秩父宮様、高松宮様の皇室の方々や政府高官の方々が御宿泊され、大正14年には昭和天皇(皇太子時代)も御宿泊になり、「酒田の来賓館」として利用されま した。

 現在の新館の場所は、以前はテニスコートなどに利用され、宮様方がお遊びになられました。その後も子ども達の遊び場、市民の憩いの場として利 用されまし たが、昭和43年、創立20周年を記念して現在の新館が建築されました。

 鉄筋コンクリート2階建の建物で、設計者は伊藤喜三郎氏。現在、随時企画展を開催しております。

財団法人本間美術館 パンフ レットより
  

(左)本殿 (中)本殿から五百羅漢堂を見下ろしたものです (右)五重塔を正面から見上げたもので す

  

(左)(中)弥勒堂です (右)善寶寺前の鉄道記念館“噴水”です

  

(左)バスセンター近くの景観です (中)バス車内から、運転手さんと会話しながら… (右)この日 も仲々冷たい朝でした(^-^)

  

(左)キレイなので撮りましたが何の建物でしたか… (中)(右)同じ酒田駅前の夜と昼の光景です (^.-)☆

酒田駅前の景観です

  

(左)(中)駅前にはジャスコかどこかの量販店が存在したのでしょうけど、解体作業中でした (右) 本間美術館の案内板です

  

(左)本間美術館・新館です (中)(右)庭園(鶴舞園)です 雪景色で仲々イィものでし た

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