2022/12/27(火) 笠岡市清水氏庭園℃U策 <1/2>

 ■2023年02月02日14:15
 年の瀬迫った12/27(火)は、迫山古墳・備後国分寺≠散策でした(^.-)☆


 備後國分寺の駐車場に戻り、時間を確認しますと、既にA.M.11:34。今から我が家に帰りますと、多分、正午少し過ぎ。
 それでは、退散しよう…と車に戻りますと、突然、笠岡市の『清水氏庭園』≠ノ立ち寄ってみようか…との想いが。
 でも、今から向かいますと正午は過ぎてしまうし、個人のお宅だから、ご迷惑かも…とかなんとか色んな想いも生じましたが、とにかく、出掛けてみます事に(^-^)
 清水氏庭園近くまでヤッて来ましたけど、はてさて、車は何処に駐めてイィものやら…そぅしていますと、眼に入りましたのが金浦公民館≠ナありました。
 ラッキー(^.-)☆
 ここならイイだろう…と公民館駐車場に駐めますと、丁度、駐車場には公民館から出て来られました女性がお二人談笑中。
 清水氏庭園を伺うのですけど、ここに駐車は可能ですか?…には、快く「イィですよ」。
 清水氏庭園は、先日、12/17(土)の新聞紙上に記事掲載がありましたけど、一般公開しておられますか?…には、「さぁ、一般公開はどぅかな…でも、清水sanは金浦公民館の館長さんで、たった今、食事に帰られましたから、今から伺うとおられますよ。訪問して頼んでみられたら…私たちも、今、清水庭園の記事掲載を話していたとこなんですよ…」との事で、とにかく、伺ってみます事に(^-^)
 10日ばかり前の中国新聞朝刊に、清水氏庭園≠ェ登録記念物≠ノ新登録が決まった旨の記事掲載がありました。
 その記事によりますと、いきなりの飛び込み見学は難しいようにも感じましたけど、まずは伺い、お願いしてみます事に。

 館長さんのお宅に伺いますと、出て来られましたのが奥様でした。
 お食事時にお伺いしまして、誠に申し訳ございません。新聞記事を眼にしまして、是非拝見したく、こんな時間に伺いましたけど、ご迷惑でしょうか?…に、「主人に確認してみます…」と奥様。
 そして、出て来られましたのが館長さん。
 お顔を拝見しただけで、あぁ、やっぱりダメかも…≠ニの意に反して、暫しお考えの後、「いぃですよ。何処から、おいでになられた?」との館長さんに、みのみ(水呑)から伺いました≠ニ、GONsan。
 「みはら(三原)から…遠いとこから、わざわざ来て貰って…手入れしてないけど、遠慮なく見て行って下さい…」と、実に紳士の館長さん。
 それに対して、「みのみ」を「みはら」と聞き間違えられたのに、そのまま三原からの来訪者で通します性悪のGONsanなのでありました。これが、後で、困った(^-^;≠ニ冷や汗をかく羽目になりましたのですけど…

 とにかく、ササッと写真を撮らせて頂いて失礼しますから…有難うございますm(_ _)m≠ニお伝えし、早速、清水氏庭園へ(^_^)v
 お食事時に伺い、多分、館長さんも未だお食事中でしたのでしょうから、超特急で庭園拝見となりました。
 最初は、ジックリと拝見しながら画像に納めておりまして、チラッと振り返りますと、館長さんは、GONsanが見終えますのを待っていて下さいますから、もぅドッキリ(^-^;
 それこそ、ご迷惑お掛けしませんよう、超特急で庭園拝見です。
 挿入の画像の一枚に、館長さんの後ろ姿が入っておりましたネ(^-^)//"

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 WEB上で登録記念物への登録・登録記念物(名勝地関係)の新登録≠ナ検索してみましたら、こんな記載もありました。

 ◆登録記念物への登録《登録記念物(名勝地関係)の新登録》2件

 《1》清水氏庭園【岡山県笠岡市】

 清水氏庭園は笠岡市生江浜地区に所在する。生江浜は寛文9年(1969)に干拓堤防が完成し新田が開かれたが、それまでは遠浅の海が広がり、岩礁もあった。
 清水氏は江戸時代に笠岡の町で廻船問屋を営み、生江浜に別邸を構えていた。この別邸が後に本宅となり、現在に至っている。清水氏庭園が造られた時期については明確なことはわからないが、僧侶で俳人の蝶夢(ちょうむ)(1732-1796)が安永8年(1779)に清水氏の別邸を訪れ、庭園の様子等を記述していることから、この頃には庭園が存在していたことは確実である。
 住宅と庭園がある敷地は、南北に延びる高台の斜面の東側に位置する。斜面裾部に細長い園池を設け、その北東部に主屋が建つ。主屋から見ると右から左奥に向かって、斜面の裾に沿って花崗岩の露岩と転石が、その手前に園池が延びる。主屋の軒先や園池の周囲には飛石が打たれ、また斜面には階段や園路が設けられている。植栽は池の護岸や斜面の裾のクロマツと随所に配されたツツジ類を中心とする。
 清水氏庭園は当該地域の造園文化の発展に寄与した意義深い事例である。

 《2》黒ヶ浜及びビシャゴ岩【大分県大分市】

 黒ヶ浜は、大分県東部、佐賀関半島の先端部に近い南岸の大黒地区に所在し、沿岸のビシャゴ岩とともに観賞されてきた名勝地である。地質的には三波川変成岩類が分布する三波川帯に属し、泥質片岩などの結晶片岩類を基盤とするが、特に大黒地区付近には大規模な蛇紋岩体が分布し、海岸部に露頭している。これらの蛇紋岩は、乾湿の作用を繰り返し受けて細粒化する特徴があり、佐賀関半島付近の早い潮流によって小さな砂は流れ去り、研磨された大きめの礫や石のみが沿岸に堆積して、延長約350mに及ぶ漆黒の礫海岸を形成してきたものと考えられる。
 黒ヶ浜を挟む岬の沿岸には岩礁が点綴して、特にその南側に位置し、大小2つの岩塊から成るビシャゴ岩は、黒ヶ浜に臨み一体の風致景観を成している。黒ヶ浜の奇観は、佐賀関半島西部の南岸に所在する白ヶ浜とともに紀行や地誌に紹介されてきたもので、ビシャゴ岩は、沿岸航行の安全を見守る海女の黒砂と真砂の二神の伝承から姉妹岩とも呼ばれている。また、黒ヶ浜は、春季に見られる海藻の天日干しの風物詩とともに、地域住民によって継続的に清掃活動が行われるなど大切に手入れされてきた。特に近世以降、広く知られてきた海岸の景勝地であり、地域住民によって保全されている事例として意義深い。

 ◆海岸線を生かした庭園「清水氏庭園」が国の登録記念物に 国の文化審議会が答申 岡山・笠岡市

 --- 2022/12/20(火) 16:53配信 KSB瀬戸内海放送 ---

 国の文化審議会が岡山県笠岡市の庭園を国の「登録記念物」とするよう答申しました。
 名勝地関係の「登録記念物」とするよう答申されたのは、笠岡市生江浜の個人が所有している庭園「清水氏庭園」です。
 岡山県文化財課によりますとこの庭園は、江戸時代に笠岡市で廻船問屋を営んでいた清水家の別邸に造られました。岩礁が広がっていた場所に造られていて、園内の池は当時の波打ち際をそのまま利用しています。
 この自然の岩などを生かした造りが地域の造園文化の発展に貢献したと評価されました。
 国の「登録記念物」になれば、岡山県では同じく名勝地関係で登録されている津山市の「旧梶村氏庭園」に続いて2件目です。
 「清水氏庭園」は2023年5月と11月に公開日を設ける予定だということです。


 …と、こんな記載がありまして、背後の山の斜面の裾に沿って、花崗岩の露岩と転石が、その手前に園池が延びる大変立派な清水氏庭園であります(^-^)//"

 

 

 

 

 

 

 

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