2018/07/07(土) 福山市鞆の浦「沼名前神社・お手火神事」 <1/4> |
■2018年07月21日22:18
7/7(土)鞆の浦・沼名前神社「お手火神事」(^.-)☆
7月7日(土)は、福山市鞆の浦・沼名前神社「お手火神事」の開催でした(^.-)☆
GONsanは見物も兼ねまして、厄払いで時間が許せば出掛けておりまして、今年もまた出掛ける事となりました。
我が家を出ましたのが、P.M.7:50。
前日の西日本豪雨の影響なのでしょうネ…鞆鉄工団地手前辺りで片側通行の規制が。山際の土砂崩れの復旧が行われておりました。
鞆町に入りそのまま直進していますと、今度は直進禁止で左折し迂回の規制が…ふ〜ん、ここでも山際の土砂崩れがありましたのかも…
広島県営鞆町鍛冶駐車場には、難なく駐車が可能でありました…と言いますより、「お手火神事」の開催日にも拘わらずヤケに車が少ないのが意外でありました。
小雨の中、沼名前神社に向かいますと、ここでもまた参拝客が例年になく少ない感じでありました。
今回の西日本豪雨の影響が大きいのでしょうねぇ〜
WEB上の記載を引用で、『沼名前神社「お手火神事」』を紹介致しますと、
◆お手火神事(おてびしんじ)
日本三大火祭りの1つとして、瀬戸内の古い潮待ち港、福山市鞆町の沼名前(ぬなくま)神社に伝わる。燃えさかる重さ150キロの大たいまつ(大手火)を氏子衆が担ぎ、本殿への石段を上る姿は、海の男の勇壮な心意気を伝える。旧暦6月4日に近い土曜日に行われ、祭りが終われば、夏である。
祭りの神事が進むにつれ、午後6時に一番太鼓、同7時に二番太鼓が境内に鳴り響く。同8時、三番太鼓がひと際高く打ち鳴らされる。火打ち石でともされた「神火」が、白装束の世話役に守られて本殿から石段を駆け下り、三体の大手火に移されると祭りはクライマックスに達する。
大手火を担ぐのは、同神社の氏子衆。「ワッショイ、ワッショイ」。頭から水をかぶり、長さ4.2メートル、周囲1.8メートル、重さ150キロの大手火とともに45段の石段を上り本殿へ向かう。降りかかる火の粉とともに、右に左に大きく揺れ、小手火に火を移そうと待ち構える参拝客から起こる「ワーッ」という叫び声が、神社の森を揺るがせる。
境内は地元だけでなく県東部や岡山県南部などから訪れた参拝客で埋まる。夜の闇に浴衣姿の家族連れや金魚すくいなどの露店が浮び上がり、夏の風物詩を描き出す。家内安全や無病息災を願って参拝した市民は、帰宅後、街の周囲をご神火を移した小手火で払い清め、大手火の燃えかすを自宅の表口に打ち込んで護符にする。夏はすぐそこに来ている。
・メモ
火を恐れ、神聖視し、火の神として畏敬する火祭りは、原始時代から民族、国境を越えて広く行われている。お手火祭りの起源も中世以前にさかのぼると言われ、永禄年間(1558-1569)に厄払いとして行われた記録がある。同神社の夏祭りのなかでは、みこしの渡御に先立ち、境内だけでなく氏子衆の住む街並も払い清める性格を持つ。大勢の氏子に担がれた大たいまつというスケールの大きな発想からは、潮待ちのため中国大陸との交易船も立ち寄った鞆港のかつてのにぎわいと、住民の勇壮な気質がうかがえる。
★ところ:福山市鞆町 沼名前神社
★ガイド:JR山陽本線福山駅前から鞆港行きバスで鞆の浦下車。国道2号線から県道福山鞆線で鞆まで約14キロ。
…と、こんな「お手火神事」であります(^.-)☆
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