2014年 福山市加茂町「倉神社」 <1/2> |
■2014年10月14日
9/28(日)は、福山市加茂町の「倉神社」に立ち寄りというか参拝でした(^.-)☆
お彼岸も過ぎ去りました9/28(日)には、福山市加茂町に暮らしています従姉を訪問となりました(^.-)☆
加茂から水呑までは結構距離がありますのに、GONsanの両親の仏前に再三お参りして貰います従姉。GONsanの幼き頃より姉のように慕っています従姉で、我が家を訪れて貰います度に申し訳なさを抱いておりました。
今夏のお盆にも、丁度、不在中で留守でしたのですけど我が家を訪問。いつまでも両親の事を想って頂き、またまた申し訳ない気持ちでありました。
にも拘わらず、今までGONsanから従姉を訪ねる機会はあまりありませんでした。それがヤッと9/28(日)、嫁さんと共に従姉宅を訪問。
ご主人は、丁度、町内清掃日でご不在で、1時間ばかり経まして帰宅。こうして従姉ご夫婦とノンビリと談笑しますのは久し振り。
お互いそれぞれの生活がありますから、同じ福山に暮らしてはおりましても、時間を気にせず会話出来ます機会は仲々ありませんのが実状かも…
冠婚葬祭の場で顔を合わせます機会も増えて来てはおりますけど、ジックリと談笑は仲々(^-^)それにしましても、こうしてノンビリと会話しますのは本当にイィものであります。
親戚ですから、普段顔を会わしていなくても意思の疎通は図れますけど、とは言いましても、こぅして顔を合わせ時間の過ぎ去りますのも忘れ、他愛もない会話自体が大切な事なのかも分かりませんネ。
親戚としての結束もより強固になる…と言いますのも少々オーバーですけど、冠婚葬祭の場での会話とはまた違った趣も生じます。
うまく表現出来ないのですけど、また機会を見つけまして、こんな時間を持たなければ…と、こんな想いを強く抱きましたGONsanでありました。従姉宅からの帰路には、同じ加茂町に存在します「倉神社」に立ち寄りというか参拝でした(^.-)☆
この倉神社は、GONsanの別な従姉のご主人が宮司を務めておられます。
永年教職に身を置かれ校長を経て退職。
どんな経緯からか詳細は分かりませんけど、在職中から神職を学ばれ資格も取得。退職後はご縁有りまして倉神社で宮司としてお務め。もぅ10数年ばかり経ましたけど、GONsan宅を新築時には地鎮祭でお世話になりましたが…
そんな経緯もありまして、神社にはおられないと思いながらも、せっかく近くに来ましたので立ち寄りまして参拝となりました(^.-)☆
倉神社を少しご紹介致しますと、◆倉神社・福山市加茂町下加茂1026
・東経133度20分38.08秒、北緯34度34分1.54秒に鎮座。この神社は加茂中学校の北約100mに鎮座しています。
入口からの平坦な参道両脇は住宅で、注連柱を通り過ぎると石段となっています。その途中には神門が建ち、さらに石段を上がったところに境内があります。
境内には大きな拝殿が建ち本殿とは廊下で繋がっています。明るくて綺麗な境内左には富士塚のように大小取り混ぜた自然石の山が組まれ、若宮社と社日が祀られています。
裏山に続く斜面にはいつの時代に作られたかも分からない古い五輪塔も有ります。御祭神:沖津姫命、大己貴命、五十猛命、稲蒼魂命、少名彦命
例祭日:歳旦祭・正月元旦、祈年祭 勧学祭・3月末日曜日、例大祭・10月第二日曜日、新嘗祭 大麻神札頒布祭・12月中旬他
境内社:若宮社・由緒昔この付近は加茂ノ郷と云われ、京都上賀茂神社の荘園で賀茂大明神(現加茂町芦原・賀茂神社)を祀っていました。
のち領地が分かれて婀娜国膽殖屯倉の祭祀の地を興し、承保元年(1074)祠を建て生土神としたと伝えられ、社名も「倉大明神」と称されました。
後、社名は時代により、倉大明神、蔵ノ宮、倉明神社等に変遷しましたが、昭和27年現社名が正式に呼称されるようになりました。…と、こんな「倉神社」でありますようです(^.-)☆まぁ、あまり信心深いGONsanではありませんから詳細は分かりませんけど、せっかくの機会を利用しまして撮りました画像で、倉神社をご案内させて頂きたいと思います(^-^)//"
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