2020年 尾道市向島町「岩屋巨石」散策(^.-)☆ <3/4>

 

 

 

 

 薬師如来堂を後にし先へと進んで行きますと、竹藪が…整備されました竹藪の中の参道を歩行続行しますと、大元神社の鳥居にと到達です。
 ここでは、下からの参道と合流です。ふ〜ん、車でも訪れますのが可能な別の参道もあるのですねぇ(^.-)☆
 ですが、車でも来れそうですけど駐車スペースは無さそう(^-^;

 鳥居をくぐり進みますと、左手に句碑が…
 句碑には、「昭和47年9月吉日 普明光(正しくは、<光美>)」記載とありました。<光>に<美>の漢字は辞書で捜しましても出て来ません(^-^;
 WEB上で「普明光」を検索してみましたら、うん、うん、こんな記載がありましたネ(^_^)v

 ◆第二の高千穂 大神山 大元神社

 当山は、日本を司る天照大御神を始めとする五柱の合体神「大元大御神」が、昭和39年に降臨されたことに発祥する神仏両部信仰の神社です。この近代に五柱もの高位の神々が合体・降臨されるというのは、神道史にも類がありません。
 現代には、物に恵まれた中にあっても心の幸せを得られず苦しむ方が多く居られますが、そこには道徳や感謝の心だけでは解決しない、前世や先祖から受け継いだ因縁が存在します。
 肉体には寿命がありますが、魂は永遠のもの。何度生まれ変わっても解決すべき因縁から逃れることはできません。

 当山には、祈願の成就に道を拓いてくださる神々様とともに、これら因縁の霊魂、先祖代々の霊魂を救う多くの仏様が居られます。
 どうぞ功徳の第一歩として足をお運び頂き、未来の礎となる御縁を築かれますようご案内致します。
 鎮座地の岩屋山は、伊勢神宮初代斎王「倭姫命(やまとひめのみこと)」終焉の地(神垂冥加詔)との伝説、山上に立ち並ぶ巨石群と尾道の寺々を巡るミステリーが注目されています。

 ★由緒

 当山の開祖であり道祖と仰ぐ「普明光(正しくは光へんに美/ふみょうこう/本名 岸本和一郎)」が53歳の時、内蔵が溶ける奇病に医師から見放され四国八十八ヶ所霊場に死地を求め巡礼中、五十八番仙遊寺にて病魔退散の奇跡が起き一命を救われました。
 それから「無い命と体を頂いた以上、今後は自分の命と体は自分のものではなく弘法大師のものである。しかし自分の心は大師そのままになり切ることはできないから、せめて大師の真似だけでもさせて頂こう」と深く決心し、報恩と衆生救済の為、全身全霊を捧げ尽くす厳しい修行に入り、時を経て仏から神へ、神から仏へ相互の繋がりが生じ、その都度大いなる仏力・神通力を授かるとともに、神仏両部信仰こそ人々が最も速く救われる道と覚ることとなりました。

 それから8年、御降臨という奇跡へ。
 普明光が当山で断食修行をしていた昭和39年5月3日の朝、突如轟音とともに山が揺れ動き、山内の岩場で拝むその目の前に巨大な火柱が立つや宙に五色の光体が出現、それが山上の大きな岩に吸い込まれるように消えて行くという奇現象が起こったのです。その時神の声あり。「大元大御神今ここに降臨。ここに宮を建てよ。」との御神命が下されました。この現代に大神様が降臨されたのです。それから普明光を始め多くの方々のご奉仕により岩ばかりの山に道が拓かれ、5年の歳月のうちに社殿の建立が成し遂げられました。

 この御降臨は、古代の天孫降臨(天照大御神の孫神が宮崎の高千穂に御降臨になったこと)に次ぐ導きの重大事として「第二の高千穂」と称えられるようになり、救われる信仰を広める世直しの拠点として大元神社となり今日に受け継がれています。
 これほどの神々の御降臨と当山信仰の確立は、国常立尊の御魂を持ち、かつて明治天皇に仕え普明光を修行から支えた「普明光りょうしつのみこと」の導きによるとして、同神を当山の御支配神、御教えの御親として当山祈祷所に祭祀しています。


 …との、こんな記載がありました。
 ふ〜ん、こんな由緒の『第二の高千穂 大神山 大元神社』なんですねぇ(^-^)//"

 

 

 

 

 

 

 

 比較的、歴史の浅い神社ではありますけど、仲々立派な大元神社でありましした(^.-)☆
 それでは、大元神社の奥の「尾道三山パノラマビューE」に向かってみることに致します(^-^)/"

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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