2019年 晩秋の北房路(真庭市)古墳巡り <7/9>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 定北古墳には後で訪れますようですから、まず「定東塚古墳」に(^.-)☆
 中は結構広いですネ(^_^)v
 東塚の石室からは4基の陶棺が出土しましたようですけど、確かに中は広いですから納得です。
 ただ哀しいかな、GONsanはストロボを持参していませんから…仕方なく、スマホを取り出しフラッシュを効かせて何枚かパチリです。

 定東塚古墳を見学しますと、次は、お隣りの定西塚古墳です。
 ここは入口が狭いですし、中には飛び降りるほどの段差が…皆さん、少し苦労して入っておられますようでしたから、GONsanはパス。皆さんの古墳への出入りを後方からパチリとなりました。
 西塚からも6基の陶棺と、木棺の痕跡がみつかった…との事ですから、ここも中は広いのでしょうねぇ(^-^)//"

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 外から伺った様子では、定東塚古墳よりも内部は少し狭い感じの「定西塚古墳」のようでした。
 さすがに、入りにくそうな入口ですから、定西塚古墳の内部に入られます方は少なかったですネ(^-^)
 「定西塚古墳」の見学が終わりますと、次は、「定北古墳」に向かいます。

 またまたWEB上で「定北古墳」を検索しますと、こんな記載が…

 
◆定北古墳

 東西21m・南北25.3m、3段築成の方墳で墳丘には3重の列石がめぐる。埋葬施設は南に開口する両袖型の横穴式石室で全長10.2m、礫岩の切石を用いて構築されている。
 室内には陶棺4基と木棺1基が納められ、うち陶棺の1基には「記」の字が線刻されていた。出土遺物は鉄刀や鉄鏃、銅碗、須恵器など。7世紀中頃の築造。国指定史跡(大谷・定古墳群)、2008(平成20)年指定。

 ◆定北古墳

 定古墳の背後に位置する丘陵の斜面に築かれた、3重の列石をめぐらす整った形の方墳で、南辺で21.0メートル、東辺で25.3メートルの規模をもっている。南に向かって開口する横穴式石室は、この地域でとれる礫岩(れきがん)の切石でつくられており、全長10.2メートルをはかる。
 石室からは、4基の陶棺と、1基分の木棺痕跡が確認され、銅鋺(どうわん)の蓋や、 大刀、鉄鏃(てつぞく)、斧(おの)状鉄製品や、須恵器などと、やや新しい時代の蔵骨器が出土した。
 3号陶棺の蓋と身には、「記」の文字が刻まれていた。陶棺や須恵器などから、この古墳は、7世紀の半ば過ぎに築造されたことがわかっている。
 定古墳--定北古墳--大谷1号墳という首長墓の系譜がうかがわれ、石室に用いられた 石材の加工技術にも、徐々に発達がみられる。(現地案内板)


 …と、こんな「定北古墳」なのであります(^.-)☆

 

 

 

← 戻る  Contentsに戻る  トップページに戻る  進む →